Life is Voyage.

Liv:ra代表小森優美のBLOG

愛について

とてもとても大きすぎて、語ることも憚かられる気すらしてしまう、愛という概念。

 

 

 

 

しかし、私の2017年は、はじめからずっとこの"愛"についての深い深い旅でした。

それは今でも続いています。

 

 

 

 

先日、私の大好きな人達が大好きな、サティシュクマールの公演を聞きに行きました。

たいして予備知識もなかったけれど、大好きな人達がまるで恋でもしているかのような、そんなにも好きなのかというくらい好きなので、興味本位でなんとなく行きたくなったのです。

寝不足だった私は他の講演者の時は寝てしまったのだけれど(講演者さんは素晴らしかったのだけれど、暗くて暖かくて、さらにトランシーバーから聞こえる同時通訳が子守唄のように聞こえた・・・笑)

サティシュが出てきた時、その圧倒的なオーラに衝撃を受けました。

 

 

 

愛そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年の終わりに、仲間内で行った女神山で、私はわんわん泣いていました。

「愛でいたいのに、愛でいられない自分が辛い。」

言葉でちゃんと説明が出来なくて、周りの人には、もしかしたらなぜ私があそこまで泣いているのかがよくわからなかったかもしれない。

でも私は、自分の中にある確かな愛を2016年夏に行ったシャスタのハートレイクではっきり感じてから、日々愛でいることが出来ない自分を直視することが難しくなっていたのです。

シャスタでの体験はある種の覚醒体験のようなものだったのですが、それは衝撃的な体験というよりは想像以上に静かで、シンプルな体験でした。

 

 

真実は、ものすごくシンプルで、

全てがあり、全てがない世界でした。

ただ、静かで安らかな安心感と、慈愛がそこにありました。

 

 

それが、私の中心にある、私の愛の世界でした。

 

 

 

シンプルな体験は、とても強く心に残り、私の人生に多大な影響を及ぼすようになりました。

本当は、ずっとあの感覚でいたいのに、実際そうあれる私は現実にはほとんどいなくて、

違和感と向き合い続ける日々が続きました。

その要素を含んだ、近い感覚にはなれるのですが、あの感覚そのもの、になることは本当に難しい。

さらに、その感覚からかけ離れたもの・・・

愛ではない、と私が思うものが、この世界ではこれが愛だという売りで溢れていることにも気が付きました。

私は自分と世界に絶望しました。

 

 

 

戦争や、世界の闇すら全てが愛で出来ている、と言えば、そうなのかもしれません。けれど、私の中では、

愛は争いや闇とは全く別の、

確かな感覚として存在しています。

ただそう在る、というべきかもしれません。

存在の全てではなく、これが愛なのだ、というかたちが、私の中に在るのです。そして、そこに全てがあるのです。

 

 

 

 

 

 ⁑

サティシュは、その愛の世界を体現していました。

正確には、個性の違いが少しあるのだけれど、私の知っている、シャスタで知った、あの内面世界にそっくりな世界を、私は現実に存在しているサティシュという人に見ることが出来たのです。

 

 

 

 

そうだった。これだった。

やっぱり、これなんだ。

未熟すぎる私は、あまりにも大切なこの感覚を、

日々の生活で見失ったり、信じられなくなったり、手放してしまうこともあるけれど。

だけどそこにいたくて、そこに戻りたくて、

日々、もがいているんだ。

これが、真実なんだ。

私はここを生きたい。

こう在りたい。

ここでいたいんだ。

 

 

 

 

サティシュの存在は、私にとっての大きな希望になりました。

私も生きているうちに、サティシュのように、ずっとブレずに自分の愛の世界を体現できるようになるのかもしれない、という希望です。

そうなれたら、なんて素敵なことでしょうか。愛や平和を、自分の在り方で伝えることが出来るのです。

きっと簡単なことではありません。

でも、不可能でもありません。

 

 

サティシュをはじめ、多くの偉大なる先人の存在が教えてくれているのだから。

人は心の中に存在している愛を・・・世界の真実を、体現することが出来るのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが見たいと願う変化に、あなた自身がなりなさい。

マハトマ・ガンジー

 

 

 

 

 

 

 愛はいつも、ここにある。